4日目の今日はタクラマカン砂漠縦断へ向け、新砂漠公路の街ホータンを
目指します。ちなみに旧砂漠公路はホータンからもう200kmほど
東へ向かったニヤという街から始まるそうです。
このニヤ周辺には遺跡がたくさんあるそうで、次回の南新疆の旅では
ニヤで遺跡を見て、旧砂漠公路で砂漠縦断をしようと思います。
ヤルカンドからホータンへの道中、最近開通したチベットのラサへと3,000kmの
道のりをつなぐ新疆の新とチベットの西蔵の蔵で新蔵道路がありました。
最近の中国はこれまで悪路で旅行が大変だった場所へ新しい道路が次々と
開通し、かなり旅がしやすくなっているそうです。
私達がヤルカンドからホータンへ向かうのに走った新しい道路も一昨年開通した
ばかりで、以前は砂利道の旧道が使われていたようです。
そんなこんなで舗装された道路をずんずん東に進み、ホータンを目指すわけですが
1時を過ぎたあたりで途中の町で昼食となりました。
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店構えだけ見せても辿り着けないと思いますが、念のため |
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この旅第二位のシシカバブ。羊好きにはたまらない南新疆 |
昼食後2時間も走るとホータンに到着。ホータン到着後はバザール観光。
ホータンの印象は、とにかくウイグル人がほとんどで漢族はいないのでは?
と思うほど、ウイグル度が濃く、バザールもとてもにぎわっていて
新疆の街はこうでないと!と思うような街でした。
もうねバザールはとにかくカラフルで、道行くウイグル人の子供がかわいいのよ!
女の子はかわいい子供がそのままきれいな娘さんになり、男の子は子供の頃
かわいかったのに、どうしてみんなカモメ眉毛の濃いーおっさんになっちゃうの
とウイグル人の性差を若干不思議に思いながら、街歩きを楽しみました。
フォトジェニックな街なので、写真撮影に気を取られてフーダオ夫が
団体からはぐれて切羽詰まった表情で「ほんと焦った」と追い上げてくる
様子は面白かったです。バザール散策後はホータン名物・ホータン玉(ぎょく)の
工場を見学しました。きれいな玉石がたくさんあったけど、金がないので
特に買い物せず、超高級玉石を冷やかすのみで終わりました。
玉が終われば、ついにこの旅最大の山場タクラマカン砂漠へ突入!!
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砂漠への道中、一家総出の畑仕事に遭遇。トウモロコシを粉砕して羊のエサを作ってるらしい |
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ホータンから砂漠公路を50kmほど北に進んだ地点で、本日私達が乗る
ラクダ達が待ちぼうけしているとの連絡を受け、大至急ラクダポイントへ。
ラクダ達は随分と待たされたようで、機嫌の悪さマックス。
ほとんどのラクダが私達を乗せるため座らされるのを拒否しており
それはえげつない声でグェーグェー叫んで、しまいにはラクダ使いの少年に
思いっきりゲロをぶっかけてました。
それでもなんとか一瞬だけ座るので、その隙にとにかく急いでラクダに乗り込む。
幸い私の乗ったラクダとその後ろのラクダ(後ろのラクダの重要性は後述)は
機嫌が悪くなく、ラクダで砂漠散策はとても楽しい時間でした。
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青空をバックに凛々しいラクダ達。でも叫び声はえげつなく、ゲロは激くさ |
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我らがキャラバン隊。この青いリュックカバーが悪夢を引き起こす |
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「俺、らくだ。ゲロくさいよ。ニッ!」 |
このラクダ体験のホットトピックといえば、上の写真の中で
青いリュック(死語?)カバーをかけているフーダオ夫が後ろのラクダに
ものすごい勢いで吠えられ続けたあげく、ゲロをぶっかけられたことです。
後ろから見てた感じだと、ラクダはリュックカバーに興奮していたよう。
てか、ラクダって吠えるの?って感じでしたが、それはそれはすごい声で
叫んでおりました。一発芸よりさらに短い一瞬芸を得意とする私は40分間
叫び続けるラクダの声を聞いて、「吠えるラクダ」という今回一緒に
旅をした人とラクダ使いぐらいしか理解できない物まねを体得しました。
すぐ前で聞いていたフーダオ妻のお墨付きもいただいてます。
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心なしか口の周りが黄色いのはゲロのせい |
まーまーかわいい顔をしているラクダですが、吠える時の顔といったら。
口をばかーっと開いて、ヤニや茶渋がついたようなきったない歯をむき出しに
フーダオ夫に襲いかかってました。後日開催予定の写真交換会で
夫さんが撮影したおそらく世界初であろうラクダが吠える写真を入手次第公開します。
まじで悪魔みたいな顔してますから。
フーダオ夫にとっては恐怖の、私達にとっては1年先もこれを肴に
飲めるであろう爆笑のラクダ体験は小一時間ほどで終わり乗車(乗ラクダ?)
場所に戻ってくるとそこにはテントが張ってあり、砂漠の料理人と
おぼしき人が料理の準備を始めていました。
この旅、何から何まで旅行会社がセッティングしてくれており、
当の私達といったら自分が宿泊する小型テントを張るのみ。
それでも自分のための簡易テントすら張れない私達(フーダオ夫妻と私)は
ウメルさんに手伝ってもらい、なんとか今夜の寝床を確保しました。
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テントに苦戦するフーダオ夫妻、ウメルさんは1分くらいでテント張った |
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砂漠の晩ご飯請け負い人達。ちょっと塩辛かったけど、BBQの味は最高でした。 |
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砂漠のディナーテーブル。前方にはお父さんお母さんとルクプル夫妻の奥様 |
ちょっと塩辛いけど酒が進む中華料理を食べながら砂漠の宴会
(お父さん命名)スタート。酒がないと何かとうるさい日本人に慣れているようで
ガイドの馬さんはビール、ワイン、白酒までも用意してくれました。
新疆はぶどうの産地だというのに、作られるワインは人民達が大好きな
砂糖入りのまがいものばかりなので、私達も自分で上海からワインを
しこたま持ち込みました。(「楼蘭」という新疆ワインメーカーの
プレミアムワインは砂糖も入ってないので結構おいしかった)
きらきらの星と月の下、たき火のそばでサントリーのワイン事業部に
おつとめのフーダオ夫妻のお友達からいただいたおいしい
赤ワインを楽しみました。ビールで晩酌し、ワイン2本を開けて
自分で持ち込んだ日本酒を飲んで、さらに馬さんが持ってきてくれた白酒まで
飲んでしまった私は例によって、こともあろうに砂漠で初対面からわずか
4日の皆様の前でべろべろに酔っぱらい、最後は自分のテントに半ば無理矢理
押し込まれ、飲み会強制終了となったようです。
朝起きたら、パンツいっちょでふとんをかけており、テントの中には
上海から持ち込んだつまみのせんべいが散乱しておりました。
翌朝の朝食の席で、「昨日寝言言ってた」とか「酔って同じ事を何度も言ってた」
「声がでかいから砂漠でひびく」とか知り合い歴4日の皆様から指摘を受けました。
幸い隣り近所に別のツアー客のテントがなかったので、日本でやっているような
知らない人の飲み会に乱入といった失態は避ける事ができました。
朝食は砂漠の料理人達が作ってくれたキュウリのたたきや冷やしトマト
(砂漠に放置で自動的に冷やしに)たき火であぶったトーストなど
二日酔いに優しい朝食。しかし二日酔いのはずが、旅のテンションからか
早朝から異常な食欲で、トマト、キュウリはもとより、おかゆ、ゆで卵3個
持参したカップラーメンと、とにかく食いまくりました。
ちょっと5日目朝の話が入ってしまいましたが、5日目はさらに
砂漠をひた走り、実質最後の観光目的地クチャを目指します。